冬の日曜日。透明な光。最後の少年

北国の小さな村に、2人の小学6年生がいました。平成初期の話。

ひとりは、登校拒否を繰り返す少年で、もうひとりは、幼いときに聴力を失った、強くて優しい少年でした。

 

登校拒否を繰り返す少年はぼくで、聴力を失った少年はY君といいました。

クラスメイトやぼくは、Y君と話すとき、2つの方法で話しました。ひとつは口を大きくはっきりと動かすことで。もうひとつは空中に人差し指でひらがなを描くことで。

 

Y君はクラスでも飛び抜けて成績がよく、スポーツもクラスで一番の成績でした。

一方ぼくは、小学4年生のころから病気になり、学校をよく休んでいました。学校の授業内容についていけないという状況が2年も続いていたので、ぼくは自然にひとりで勉強する事を覚えました。授業で習わないことも本から学んでいたのです。

Y君も同じようにひとりで勉強していることを知ったのは、小学5年生を過ぎて、ぼくが少しずつ学校に行けるようになったころでした。

2人は、授業中、習う必要のない世界地理や数学の知識をひけらかして楽しみました。これからやってくる厳しい世界を予感して、無意識に準備するみたいに。

 

Y君はよく、ぼくを追いかけ、たたいてきました。彼は足が速かった。ぼくはすぐに追いつかれました。次第にぼくも足が速くなり、フェイントを覚え、捕まらない技術をいくつも身に着けていきました。

 

あるとき、今でも鮮明に思い出せる出来事が起こります。

それは、ぼくと彼しか知らない事件。

Y君はいつものようにぼくを追いかけ、たたいてきます。それはある時点で「たたく」という痛みを超え「殴る」という我慢できない痛みになりました。気づかないうちに、ぼくの拳はY君のみぞおちを的確に殴っていました。とても速く、1回だけ。

気が付くと、Y君は廊下にうずくまっていました。そのあと、ぼくがY君にどんな声をかけたのか、思い出すことができません。ただそのあとから、Y君はぼくを本気でたたかなくなりました。

 

小学6年生の最後の冬、2人は、地区全体の小学生が参加するクロスカントリーの大会に出場することになります。2人は大会に向けて、放課後も残り、練習を繰り返しました。スキーウェアを着て、スキー靴と細長いスキーの板を履き、ストックを持って。

雪の降る静かな白いグラウンド。

ぼくたちはそれぞれ、効率的なフォームを自分の体の中に見つける作業を行いました。もちろん、ちゃんと教えてくれる先生はいません。小さな町の小さな大会です。どの子どもたちも、それぞれ自分のやり方で滑り方を見つけているのでした。

 

何回競争しても、Y君は1位。ぼくは、2位か3位でした。彼に勝てる同級生は、その小さな小学校にはいませんでした。

 

ある冬の晴れた日曜日の午後。ぼくとY君は、小学校のグラウンドに出て、スキー板を履き、何度も走りました。太陽の光が雪に反射して、きらきら輝いていました。風もなく、白く輝くグラウンドが、見えない蒸気を空に上げました。それは、透明な光が世界を包み込む、終わりのない世界。

 

大会当日。初めて会う、ほかの学校の同級生たち。少し吹雪いている大きなグラウンドで、彼らはとても強そうに見えました。

結果、Y君が1位。ぼくは2位。3位以下を大きく引き離して。それは、小さな小学校の小さなグラウンドで行った結果と全く同じでした。

やっぱりY君には勝てなかった。そしてY君とぼくは、2人だけの強固な世界を共有してきたことを、理解したのです。ひとりは、ほとんど音のない世界の一部を差し出して。もうひとりは、ほとんど理解者のいない世界の一部を差し出して。

 

小学校の卒業式の最後の写真撮影。ぼくはどうしようもなく悲しくて、気がついたらずっと泣いていました。Y君はいつもの聡明な瞳で、ぼくをじっと見ていました。

 

そのようにして、唯一のぼくの理解者は、ぼくの世界から去っていき、ぼくは彼の世界から去っていきました。

 

2人は、これが最後の少年時代だとはっきり理解していました。目の前に、強くならなければ生き残れないタフな現実が待っていることを体感していました。その困難さのおおよそのカタチも。

 

 

平成が始まって5年が経ったころ。

それは、日本という工業立国が、まだ自信を手の中に握りしめていた時代でした。その国の小さな村に、2人の6年生がいました。ひとりは、登校拒否を繰り返す少年で、もうひとりは、幼いときに聴力を失った、強くて優しい少年でした。

彼らは、精神的にも肉体的にも強くなる必要性があることを理解していました。だからこそ、2人は何も言わずに筋トレを続けていたのです。

 

20年後、同窓会でクラスメイトとY君に再会。ぼくとY君の身長だけが当時と同じで、ほかのみんなに追い越されているのを確認して、ぼくは少し笑いました。そして、Y君が陸上競技で全国大会の選手になっていることを知り、

Y君、ほんとうに君には勝てないよ

と、ぼくは思いました。

そして、笑うY君に向かって

すごいね

と指で描きました。

 

 

ある冬の晴れた日曜日の午後。最後の少年だったY君とぼくは、休日特訓と称して、白いグラウンドに出て、スキー板を履き、走りました。透明な光が世界を包んでいました。

その世界でぼくたちはずっと、輝く雪の上を走っているのです。

何かに向かって。