価値観を保つ

ひとは自分の不得意なことではなく得意なことで困難を迎える

そんな言葉をどこかで聞きました。

 

ぼくは絵を描くことが得意とは思わないのですが、「好き」と言うことはできます。
それは、ぼくが意図的に「情熱のマネジメント」をしてきたからだと思っています。

今回は、絵を描くことについて。

 

    目次

  1. 中学2年生の兄は筆を切る
  2. 絵を描けなくなった10代
  3. 絵を描くときの7つのポイント
  4. 30代の終わり。ペンタブレット

 

1.中学2年生の兄は筆を切る

「えっ、お兄ちゃん、何してんの?」

「ああこれ?ここを切ったら、思ったように色を付けられるから」

 

中学2年生の兄は、水彩画用の筆の先をハサミで切りました。

短くなった筆は絵具を含み、画用紙の上にカラフルな点描を生みました。

神社のそばの草むらの影に美しく馴染んでいきました。まるでそこから猫が現れそうな草むら。最初からそこにあったような深い影。

ぼくは言葉を失いました。
そして、絵を描く気力がしぼんでいくのを感じました。

 

小学5年生のぼくは、兄の発想と技術とセンスに圧倒されました。

 

世界中にはこんな人たちがたくさんいるのか。

 

兄の延長線上に世界中の画家たちを想像し、ぼくは自分の絵をを他人と比較するようになりました。

 

2.絵を描けなくなった10代

それから10年くらい、絵を描けませんでした。描きたい気持ちはあったのですが。

いろいろなことが起こり、そのたびに失敗しました。
ぼくはひとつひとつ後退しました。

※詳しくはこちら
ジェットコースターのような人生を傍観する先生の話

 

3.絵を描くときの7つのポイント

19才。大学に通い始め、ぼくは再び絵を描き始めました。

それは100%自分のためでした。

もっと言うと、自分が回復するため。

 

当時のぼくは記憶が思い出せなくなったり、言語による理解力がどんどん弱くなって、それは日常生活のなかで無視できないほど。

もうごまかすことができなくなっていたのです。

 

ぼくは7ヶ国語を独学で学習しながら、ふたたび絵を描き始めました。

大学に行かない日は、10時間以上外国語の勉強をしていました。外国語学習に疲れると、絵を描きました。
自分が好きな写真を見ながら、自分の好きなように。誰に見せるわけでもなく。

4人の若者(19才に描いた絵)

4人の若者(19才に描いた絵)

 

19才の絵(キッチンで一人料理する男)

19才の絵(キッチンで一人料理する男)

この反復はずっと続けられるな、と思いました。

 

その時のぼくは、ふつうに2カ月以上誰とも話さないような生活を送っていました。

でも、絵を描いている時だけは自分自身の中にいる感覚がありました。

それは貴重な感覚でした。

依って立つべき感覚が自分の中に感じられること。

 

そうは言っても、ぼくは絵を量産するような描き方はできませんでした。
描くスキルを体系的に覚える考えもありませんでした。

 

生まれて20年、ぼくが「絵を描くこと」へ維持してきたこと。
それは

 

  1. 「商業化」と結びつけない
  2. 「描きたいとき」にだけ描く
  3. 「描きたい気持ち」を最大化するために、それ以外の要素をひとつひとつ取り除く
  4. 「他人との比較」や「自己卑下」から離れたところを見つけて「描くことと時間」を積み重ねる
  5. 「絵を描くこと」を続ける
  6. 「対外的な結果」を求めない
  7. 「上手さ」を求めない

 

ということでした。

 

 

自分にとっての一義的な価値と意味を保持しながら、継続すること。

 

そのルールの中でぼくは20代を過ごしました。

 

4.30代の終わり。ペンタブレット

そのようにして30代がやってきました。
いろいろなことが驚く間もなく次々と起こりました。

その中でもぼくは「人生の定規として絵を描くこと」を続けてきました。

38才のペン画(目を閉じる女)

38才のペン画(目を閉じる女)

今年(2019年)の5月、ゴールデンウィークにペンタブレットを買いました。

家に帰り、妻も子もいないリビングルーム。ぼくはひとりノートパソコンに線を引きました。

 

曲線
削除
透過
ペンの太さ
#411c11
塗り
PNG保存

 

ほぼ40年近くペンや鉛筆で絵を描いてきました。

そして最近ペンタブレットで絵を描きはじめました。

 

それがとても楽しい。

 

38才の絵(目を閉じる女)

38才の絵(目を閉じる女)

 

そして、その気持ちが嬉しい。

自分の価値観を保ち続けてきたこと。
そのことにぼくは、誇りを感じています。