あるアクセサリー販売員の風景

Dさんは、画家ではない。

Dさんは、役者ではない。

でも、その人は、頭の中で自由に世界を描き、踊るように生きている。

彼女は頭の中で鮮やかな絵を描き、舞台を野心的に歩くように、キッチンを歩いている。
今この瞬間に、この文章を読んでいる間にも。

 

今から4年前。
33才のぼくは、一本のネックレスを売ることにすべてをかけていた。

やっと、入社できた会社。
日に日に大きくなる2才の娘。
アクセサリーの販売員として、この会社で生き残る。
それ以外、ぼくに選択肢はなかった。

そしてぼくは、父親になってまだ2年しか経っていなかった。
父親という立場は、ぼくを変えた。
自分の収入と時間だけを考えていた自分から、成長する必要性を感じていた。

そうしてぼくは、30人ほどの女性販売員がアクセサリーを売る店舗で、働いていた。
唯一の男性販売員として。
毎日、必死に。

 

Dさんと出会ったのは、そんなときだった。

「こうやって手に取って、ネックレスを自分の肌にあてながら。照明も当たったほうがいいでしょうね」

「お客様がピアスなのか、イヤリングなのか。すぐに確認してください」

「いろいろ言わせていただきましたが、一番大事なのは、気持ちです」

Dさんは、そう言うと、入社したばかりの、どこから来たのかも分からないような30代男性の目を、じっと見た。
(この人、どこまで私が言ったことが分かっているのだろう?)
そんな目をしていた。

 

悲しいことに、Dさんがやることをいくらまねしても、ぼくは何一つ売ることができなかった。
それどころか、一日中、どのお客様とも話せない日もあった。

 

「よくこの中を見てください。裏側にあるこの装飾。光が当たると向こう側に透けて見えるんです。これって実は……」

うんうん、とうなずくお客様。
Dさんの語り口は、まるで映画を見ているように、聞くものに映像を呼び起こした。
感情がこもっていて、ストーリーが波のように動いた。

お客様はもう、Dさんが語るアクセサリーのストーリーを待ちわびていた。
寝る前に、母のお話を聞く子どものように。

「じゃあ、このアクセサリーにはどんなストーリーがあるんですか?」
とお客様。

「これはですね。猫が好きなデザイナーが……」
Dさんの話が続く。

Dさんに会いに来る常連。
Dさんに会いに来る人たち。
Dさん

 

Dさんには二人の成人されたお子様がいる。
だからDさんは、自分の子どもと同世代の女性と一緒になってアクセサリーを売っていた。

教育係でもあったDさん。
女性新入社員の母のような存在だった。

ある女性社員の体調が悪ければ、Dさんは上司に相談してくれた。
社長の無理のある企画も、角が立たないやり方で、収束させることができた。

 

ある昼休憩のとき、事務のHさんが言った。
「Dさんって、すごいですよね。店内からスタッフルームに入った瞬間。表情が別人みたいになるんです」

確かに、販売員は休憩中と販売時では、表情に変化がある。
でもDさんの表情は、他の人とは違った。
他の女性販売員とは、演じる度合いが深かった。

《続く》