6才の娘にアクセサリーをプレゼントするわけ

「あなたより3カ月後に入ったNさんの方がやる気が見えるし、結果を出していますよ」

「はい」

「Nさんは、この仕事のために一人で故郷を離れて頑張っているんです。お客様に無視されても最初なんだから、それはしょうがない。大事なのは考えて、行動して、アクセサリーの魅力を自然にお伝えできるようになることです」

「はい」

「本当になんとかしないとまずいですよ。大変だとは思いますが、積極的に声がけしていってください」

「はい」

お客様が来店する。

「さあ、いってらっしゃい!」
販売指導係のDさんは、険しい表情でぼくの背中を押す。
ぼくは笑顔を作って、ゆっくりとお客様へ近づく。

「今日は暑いですね。ゆっくり見ていってくださいね」
「……」

お客様はわずかなうなずきと、この男性はお店の販売員なの?という不思議そうな表情でぼくを見る。
お客様は、ぼくからどんどん距離をとる。

そしてそのまま、お店を出ていく。

販売指導係のDさんは、ため息をつき、首を横に振る。

すぐそばで、ぼくより3カ月遅く入ったNさんが、7,000円のアクセサリーを売る。
「ありがとうございます!お気をつけていってらっしゃいませ!」
「ありがとう!」
Nさんとそのお客様はすっかり意気投合して、仲良くなっていた。

なぜこんなことになってしまったのだろう?

30人ほどのアクセサリー販売員のすべては女性で、ぼくだけが唯一の男性販売員だった。

最初は、アクセサリー工房での制作スタッフとして入社した。
入社後すぐ「無加工の木材から6段の引き出しを作る」というテストが行われた。
他にも、塗装作業、接着作業、不良品選別作業など、作業という名目のテストが続いた。

入社3日後、ぼくは社長に呼び出された。

「君、ちょっと手が遅いし、この引き出しも右端と左端が1mmずつずれている。この水準では製作スタッフとしては不適切です。そこでどうですか。販売員をやってみる気はありませんか?」

ぼくに選択肢はなかった。

「はい!頑張らせていただきます!」
ぼくには養うべき家族がいたし、入社したばかりの会社をすぐに辞めさせられるわけにはいかなかったからだ。

一日一本のアクセサリーを売ることもできない日々が続いた。
女性販売員がぼくを見る目が冷たくなっていることを感じた。

一日に来客するお客様の数には限りがあった。

だから、ぼくは自信の土台となる成功体験を、まずは1回手に入れよう、と思った。
なんとか「第一声からレジ打ち後の挨拶までの一連の流れ」を自分の想像通りに達成すること。
売れる販売はとても個性的だった。

例えば、万能タイプのOさん。
リーダーシップ、企画、デザイン、制作、販売のすべてができる社長の参謀型。
とても怖いけれど、その分、販売員からの信頼は厚い。

子猫タイプのMさん。
小声でいろんな人に声をかけていきアクセサリーの可愛さを自分の容姿に重ねて憧れを作る。
嘘のようにガンガン売っていく。彼女の後には購買意欲のあるお客様は残っていない。
彼女が全ての女性の購買意欲をかっさらっていく。

達観した姉さんタイプのTさん。
20代前半までの女性にはアドバイスを、30代以上の女性には共感と敬意を示す。
少し離れた距離感自体が魅力なので、彼女に会うことを目的に来店するリーピーターを沢山持っている。

売れる販売員は、自分の個性を前面に出していた。

彼女たちはそれぞれ自分しか言うことができない「キラーワード」を複数持っていた。
自分のこのキャラクターだから説得力がある台詞。
自分の体型をネタにすることで、共感と説得力を与える販売員。
あえて「正直に言うとこれはお客さまにはお勧めしません!」と断言する販売員。

それはもう、ぼくから見たら魔法そのものだった。

ひとつの「キラーワード」が軸になり、それまでのトークの意味がガラッと変わってしまう。
一瞬でお客様は「買おうか、買わないか」という選択肢から「どれを買おうかな?」という状態になってしまうのだ。
販売にとって言葉は最大の武器だった。

比喩でもなんでもなく。

その店に、男性販売員はいなかった。

だから、ぼくはいろいろなアクセサリーショップ、アパレルショップ、ジュエリーショップに訪れた。
女性にアプローチしている男性販売員を見て歩いた。
彼らが努力して手に入れた魔法を確かめるために。

その男性販売員は、完璧だった。

奥さんと二人で奥さんのコートを見に行った時のこと。
奥さんは一人でコートを見たり触ったりしていた。
奥さんが気になっているコートについて男性販売員に話すと、彼は、2歩ほど離れていたぼくにこう尋ねた。

「お連れ様はどう思われますか?」

その台詞自体は普通だし、テクニック的に見ても同伴者に意見を聞く、というのは常套手段の一つだ。
でも彼が違ったのは、どのようにそれをおこなうか、だった。
彼はぼくの目を正面からみた。

その目には、こびを売るような要素は全くないし、
「セールストーク」というフォーマットの中にいる感じもない。
もっと言うと、その男性販売員は、温かくも冷たくもなかった。

彼は中立的だった。

不思議だけれど、その様子から、彼はこの服が製造される工程のすべてを愛している、ということが伝わってきた。
ぼくは彼のその言い方から、彼の仕事意識に対して信頼感を抱いくことができた。
奥さんはそのコートを購入した。

ぼくの1回目の成功体験は、3カ月目の平日の午前11時にやってきた。

今思い出しても、この体験をもとにぼくは、販売における自分の強みを自覚したことが分かる。
それは、カリフォルニアからやってきた2人の50代女性。
彼女たちは、お店で最も高価な7万円のネックレスを2本購入してくれたのだ。
彼女たちはとても満足して、そのアクセサリーを購入してくれた。

出来すぎの結果だった。

接客が終わった後、ぼくはほとんど震えていた。

販売指導係のDさんが目を輝かせて
「すごい!よくやりましたね!」
と言ってくれた。

そこから、みんながぼくを見る目が変わった。

なにより大きかったのは、自分の中で自分の評価が高くなったことだった。
そのとき、ぼくはまだ自分だけの「キラーワード」を手にいれてはいなかったけれど、この方法で進めば必ずもっと結果を出すことができる、という自信を手に入れることができた。

ぼくが最初に行ったこと、それはアクセサリーを愛すること。

アクセサリーが世界にもたらす価値に対して、深い関心をもって自分から関わっていくこと。
デザイナーの世界観と思いを理解し、そのアクセサリーが世界に生まれたことの奇跡に敬意を持つこと。
そして、それ必要としている人が必ずいると信じること。

そのようにしてぼくは、奥さんにはもちろん、6才の娘にも、あたりまえのようにアクセサリーをプレゼントするようになった。

女性が輝くと、世界が輝くことをぼくはよく知っているから。

≪終わり≫