笑われた父と娘の絵

  1. 「新幹線が線路から外れている」という噂が広がる
  2. ヘンだと言われた娘の絵についての対話
  3. たとえこれから、お金にも信用にも変換されなかったとしても

1.「新幹線が線路から外れている」という噂が広がる

「でも、とものり君が描いた新幹線は線路から外れて走っているからね」

それの台詞は、ぼくの耳に届きました。

 

小学6年生の時、ぼくは山形新幹線の絵を描きました。

 

晴れた空のもと、緑の山の向こうから、まっ白な山形新幹線が一直線にやってくる。

 

その絵は、町で最優秀賞に選ばれました。
別の小学校の小学生たちと一緒に、できたばかりの山形新幹線に乗り上野動物園に行くことになりました。

 

その中の一人の小学生の母が、
「でも、とものり君が描いた新幹線は線路から外れて走っているからね」
と言ったそうです。

 

その言葉は、様々な人の口を通してぼくのもとまで到着しました。

もちろん、それは悲しかった。

でもね。
ほんとは、賞なんてもらってもうれしくなかったんです。

どうしてだと思いますか?

 

どうしてかというと、ぼくはそのとき病気で学校をよく休んでいたし、クラスでいじめられるかどうか、ギリギリの毎日を過ごしていたからです。
すこしでも目立ったら、いじめの標的になりかねない。

思った通り、ぼくは賞をもらったことで同級生から嫌なことを言われるようになりました。

 

2.ヘンだと言われた娘の絵についての対話

だから昨日、6才の娘が
「○○くんに、わたしが描いた絵がヘンだって言われて、いややったの」
と言ったとき、ぼくは胸の奥が鈍く動いたのを感じたのです。

娘が夏休みの宿題に描いた絵は、ディズニーのリトルマーメイドに登場するアリエルでした。

 

大きく丸い目
きれいに上に上がる鼻
つきあがるほほ
波のように揺れる髪
細くとがるあご

 

どれをとっても6才の子どもには難しい曲線。

でも娘は、それをひとりで描き上げました。

かわいいアリエルが紙の上で笑っていました。

 

ぼくは
「とてもかわいい」
と言いました。

 

娘は
「でも、お父さんの方がじょうず」
と言いました。

 

ぼくは
「たしかにそうかもしれん。お父さんの方が上手かもしれん」
と認めました。

「でも、お父さんは、そんなにかわいくアリエルを描けへんで。頑張ればある程度上手には描ける」

「かわいく描くのはとてもむずかしい。上手とかわいい、はぜんぜん違うしな」

娘は黙って、自分が描いたアリエルの絵を見ています。

「そのアリエルはすごくかわいい。ほんとにそこで笑ってるみたいや」

とぼくは言いました。

娘は、分かったような分からないような表情をしていました。

 

6才の娘が「○○くんに、わたしがかいた絵がヘンだって言われて、いややったの」と言ったとき、ぼくは胸の奥が鈍く動いたのを感じたのですが、その正体が何なのかよくわかりませんでした。
わからないまま、ぼくは娘に言いました。

「多分やけど、その子は、一生懸命絵を描いたことがないんやとおもう」

「絵を描くことがどんなふうにむずかしいか、どんなふうにおもしろいか、まだ知らないんや」

「だから、そんなことをかんたんに言えるんやとおもうで」

娘はうつむいていました。
そこで2人の話は終わりました。

ぼくは、自分が怒っていることに気がついていました。

 

3.たとえこれから、お金にも信用にも変換されなかったとしても

 

でもぼくは、娘の同級生に怒っているわけではありません。ましてや、30年近く前の同級生に今さら怒っているわけでもないのです。

「ぼくにとって絵を描くことがどれほど大切なことか」

それをどこかで知りながら、いつまでも適当に対応してきた自分自身に怒っているのでした。

こんなに好きなことを、ずっとぼくは放置してきたのです。夜の公園の砂場に置き去りにされた、プラスチックのスコップみたいに。

 

絵を描くことはぼくの人生にとって、本当に大切なこと。

 

たとえこれからお金にも信用にも変換されなかったとしても。それはぼくにとって、大切な意味をもつ行為なのです。

 

どこかでだれかがぼくの幼い画力を笑っても、それはもう大きな意味を持ちません。

絵を描いている自分はそれだけで、ほかの誰でもない。

取替不可能な自分自身でいられることがどれだけ大切なことか、やっと分かってきました。