子どものころ欲しかったもの

公園で凧揚げしたいの!と訴える娘。ぼくが30年ぶりに凧揚げをした日

 

2019年2月3日、日曜日。
それは、ぼくが30年ぶりに凧揚げをした日でした。

いつのも日曜日。妻とぼくが家の掃除をする間、娘と息子はテレビを見ます。
新しく始まったプリキュア。
仮面ライダービルド。

こどもたちに
「手伝ってよ」
と言う妻。

朝から妻とぼくは、洗濯物を洗い、たたみ、干します。
食器を棚に戻し、洗います。
掃除機をかけ、布団をたたみます。

合間にコーヒーを淹れながら。
ぼくはカフェオレに。妻も自分の好きな割合で。

「公園で凧揚げしたいの!」
と娘。

どうやら、小学校と児童館で、ひとつずつ作った凧を揚げたくて、うずうずしていたみたいです。

「掃除が終わったらな。だから掃除をやってな」
とぼく。

しぶしぶ自分の服をしまう娘。
ひとり絵を描いて遊ぶ息子。

どういうわけか、娘が水滴でいっぱいになった窓を拭き始めます。
息子もまねして窓を拭き始めます。

そのすきをみて、ぼくは100g分だけコーヒー豆の焙煎をします。
ベランダから手焙煎器を持ってきて、コンロの台をはずし、紙と時計とえんぴつをもって、焙煎の開始。
急がなくては。

別の部屋で、お店屋さんごっこに飽きた、娘と息子。
「お父さん、まだ?」
「ごめん、もう終わる。終わったら公園に行こう」
とぼく。

13分程で焙煎を終わらせ、台所をきれいに片づけ、窓を閉め、
「さあ、公園へ行くよ!」
と2人の子どもたちに言い、3人は勢いをつけて外へ出かけます。

 

公園で凧揚げをする3人の親子。それを提供できているという確証

 

すぐ近くにある公園。
キャッチボールをする父子や、砂遊びをする子どもたち、滑り台や遊具で遊ぶ子どもたち、ボーイスカウトでゲームをする子どもたち。
そして、それを見守る大人たちでいっぱいです。

少しだけ寒い天気のなか、娘は得意げな表情で、袋から凧を取り出します。

「おとうさん、もって」

ぼくは、シンプルな形の凧を持ちます。
二本の細い木の棒が六角形に切られたビニールに付いている、とても軽い凧。

娘は糸が巻き付けてある棒を握りしめ、走り出します。

凧は、風を受け、空高く飛びます。
楽しそうな表情。
2才の息子とぼくの視線は、彼女が飛ばしている凧に結び付いています。

「ぼくもやる!」

と2才の息子。

ぼくは、彼が走ってちょうど凧が飛ぶくらいの長さに糸を調節し、渡します。

走る息子。
飛ぶ凧。
興奮する息子。

「おとうさんは、いつ凧揚げした?」

しばらくして、娘がぼくに尋ねます。

「もう30年以上前。でもそのころは、こんなに簡単に飛ばなかった。ほんとに紙と堅い竹の棒で、作るのも難しかったから」

そう言うぼくの顔を見て、娘は何も言わず。
また凧揚げを始めます。

娘と息子は、凧揚げに飽きると、ボール遊びを始め、鬼ごっこをして、土のグラウンドに絵を描き、また、凧揚げをします。

ぼくたち3人は、ずっとそれを繰り返しました。

飽きることなく。

 

本当に楽しそうに遊ぶ2人の子どもたちを見て、こう思いました。

「ぼくは、子どものころ欲しかったものを、彼らに提供できているのかもしれない」

「だからと言って、この子どもたちが、当時ぼくが欲しかったものを、同じように欲しいと思っているという確証はないよね」

「でも、もしそうだとしたら、ぼくは自分を認めてもいいんじゃないだろうか?」

と。

 

記憶という人為的な編集行為から、もしぼくが何かを学ぶことができるのであれば

 

ぼくの両親は、会社を経営していました。

家にはいつでも取引先からの電話が鳴り、休みの日も関係なく働いていました。
そして、父は単純に子どもとどう接してよいかわからない、まじめな男性でした。

当時、ぼくが欲しかったもの。

それは、家族の時間でした。

ゲームもマンガもテレビもいらない。

ただ、家族5人で話したり、話さなかったりする時間。

実際は、そんなに難しくなかったのかもしれません。
でも、その見えないことに価値があることをぼくは言葉にできませんでした。できたところで、家族を説得する事はさらにできなかった。

なぜなら、ぼくはその家族で最も小さい子どもだったし、
主張するにしては、当時のぼくの家族のこころは、それぞれすでに離れていたから。

記憶という人為的な編集行為から、もしぼくが何かを学ぶことができるのであれば。

それは、
ひとのこころの動きの中に、普遍的な希求精神があると信じること。
そして、それが求めるものを、自分自身とぼくの周りにいる大切な人たちに提供できる仕組みを作ること。
さらには、それを維持すること。

それを、人は愛というかもしれない。
でも、その言葉を使うには、ぼくはまだ早い。

空高く舞う凧。
その先にいる、6才と2才の命。

彼らを見て、ぼくはそう思うのでした。