ダイヤの指輪がほしい理由

30年前の宝石の広告が6才の少年に与えたもの

 

30年ほど前の新聞には、大量の広告が挟まれていました。
全国版の百貨店の広告や、量販店の広告。2色刷りの地方の広告や、はがき付きの厚い紙の広告。
そしてその中には、必ずといっていいほど「宝石の広告」が入っていました。
ダイヤモンドやルビーやサファイア。
指輪、ネックレスにピアス。
価格は10万円台から始まり数百万円まで。

当時小学生だったぼくは「そのダイヤモンドの指輪を母親に買ってあげたい」と思っていました。

なぜぼくはそう思ったのでしょう?

ここから、自己対話が始まります。

今日は、その工程を言葉にして記録してみようと思います。

 

  • なぜぼくは「ダイヤモンドの指輪を母親に買ってあげたい」と思ったのでしょう?
  • ぼくは何を求めている人間なのでしょう?
  • 大切な人、そうでない人とは?
  • 大切な人を判別する方法
  • 大切な人に「それ」を公言する
  • どうして彼らはあなたにとって大切なのか?
  • 行動のための計画を

 

 

なぜぼくは「ダイヤモンドの指輪を母親に買ってあげたい」と思ったのでしょう?

それは、両親の会社経営がいつも苦しかったからです。
当時6才の少年にとって、透明に輝く石を所有することは、高水準の経済力の維持と同等に感じられました。
それによって、最終的に母に喜んでほしかったのです。
明らかに、働きすぎの母に。
彼女は、6才のぼくにとって大切な人。

 

ぼくは何を求めている人間なのでしょう?

それは、大切な人たちを、大切と判断し、大切にできること。
そうなるためには、いくつか段階があります。

①借金に苦しめられることのない、お金が適切に循環する経済を作ること。あるいは参加すること。

②そこから生まれる、平穏な家族の時間。
それは、静かに根を張る植物の成長を聴きとるような。

③そして、自分自身と乖離せずに、一致している自分であること。

最終的には大切な人たちを大切と判断し大切にできること。

 

 

大切な人、そうでない人とは?

これはぼくにとって、今でも高度な判断を求める工程です。
ぼくの半生は、このようなストーリーを場所を変えて繰り返してきました。

  1. 組織のもっとも苦しいところに過適応
  2. 全力で能力を発揮
  3. バーンアウトする

だれも得をしませんでした。
「大変な人を支える自分」以外に、自分の居場所を見つけられずに生きてきたのですから。
ぼくの半生のストーリーは、「利用される役」にフィットして、「支えること」で進行していました。

 

大切な人を判別する方法

だからぼくにとって「大切な人」を判別する方法が必要です。
内部的には
・自分の感覚を傾聴する
・心地よい自分に同調する
・徹底的に赦す
・自己対話

対外的には
・今までの経験から「ぼくが利用されそうな人」から離れる
・他者の感覚に同調しない
・「一緒にいて心地よい人」についての感覚を蓄積する
・段階的な自己開示

大切な人とは
→妻、娘、息子。両親。兄弟。親戚。友人。

 

大切な人に「それ」を公言する

それとは「大切にする方法」のこと。
・経済的に苦しめられることのない経済循環のしくみを作っていく。あるいは参加する
・平穏な家族の時間を作る
・自分が乖離しないようにする
・大切な人が乖離しないようにする
・大切な人たちを、大切と判断できる状態にいる
・大切な人たちを、大切にする=行動
・感覚を傾聴する
・心地よさに同調する
・徹底的に赦す

 

どうして彼らはあなたにとって大切なのか?

妻:いっしょに生活を作る人。ぼくの「存在意義」を気づかせてくれる
娘:世界の新しい1人目の人。「結局あなたは求めているの?」と問う存在
息子:世界の新しい2人目の人。人が複数でいっしょに生きる価値を気づかせてくれる

 

行動のための計画を

ここからが「未来に属するストーリー」
記憶を「編集済みの、事実を含んだストーリー」だとすると
計画は「未編集の、希望を含むことができるストーリー」と仮定します。

だからこそ、ここまでの「自分自身との対話」の工程を大切に。
できないときは、しなくてよい。
そのようにしてぼくは、自分と、記憶と、未来に接してきました。

では、計画とは?

妻と娘と息子に、チョコをプレゼントすること。
どのように?
→想像力を使って

このようにして、ぼくは、
たくさんの女性が集まる京都駅伊勢丹10階、サロン・デュ・ショコラにたどり着くのでした。

サロンデュショコラと想像力