話さない彼女と話す彼ら

2人の子どもたちが早く眠りについた、貴重な夜。
僕は奥さんに尋ねました。

「僕と会ってそろそろ10年。この10年で楽しかったときっていつですか?」

すると彼女は少し考えて、言いました。

「でも、あのアパートに住んでいたときは、楽しかったですよ」

「そうなんだ。それは知らなかった」

意外でした。
あのアパートから引っ越して7年以上経つのですが、彼女があの場所に楽しさを感じていたことを僕は知らなかったからです。
僕はそこで4年間過ごしました。3年間は1人で暮らし、最後の1年間を彼女といっしょに暮らしました。

それからの生活、ふとした瞬間にあのアパートのことを思い出すようになりました。

そこは、芸術家と呼ばれる人たちが住んでいるアパートでした。
写真家。画家。舞台作家。学者。ダンサー。医者。音楽家。編集者。
「アーティスト」や「クリエイター」というよりも「芸術家」といったほうがしっくりくるような人たち。
彼らは頑固で古風で低収入でしたが、そのことになんの違和感も感じていないように見えました。

桜の季節になると、誰からともなく招待状が届き、よなよな花見が行われました。
彼らは話をすることにも聞くことにも熱心で、異なる意見を激しく言い合うことも珍しくありませんでした。

一方僕は、朝から夜まで喫茶店で働いている、ただのウエイターでした。
社会的認知をすでに手に入れている彼らをうらやましく思っているだけの、何物でもない青年。

たまにアパートの飲み会に参加することがあると、博学な対話に耳を傾けました。それだけで精一杯でした。
僕が知らない有名な写真家。
僕が知らない有名な音楽。
僕が知らない世界的な舞台。

世界は知らないことで成立していました。

僕が彼女と出会ったとき、彼女は長年住んだ街から、故郷であるこの街に戻ってきたばかりでした。
思い返してみると、彼女は自分のことを話さない人でした。
起こった出来事について話すことはあっても、それについての意見や感情をほとんど言いません。
それは、無意識で話さないというより、ある時期に自分のことを話さないように決めた、というような印象を受けました。

それに対して、僕は「聞くこと」に興味がある人間でした。
たとえ聞き手に専門的な知識がなくても、それは最も大事なことではない。
聞くことに集中すること。
求められたとき以外、自分の意見は口にしないこと。
そして、待つこと。

だから僕は、彼女にいろいろ質問しました。
例えば、服について。
どうして自分の服は1人で買っているのに、僕の服はいっしょについてきて買おうとするんですか?

例えば、おにぎりの形について。
どうしてあなたが作るおにぎりの形は、三角形でもなく球形でもなく、ふわっとした形をしているんですか?

例えば、彼女が長年住んだ街について。
どうしてその街を離れたんですか?
それは、僕が彼女に聞くにも、彼女から返答が返ってくるにも、時間が必要な質問の1つでした。

久しぶりに帰郷した女性は芸術家と似ている、と僕はあるとき思いました。

久しぶりに帰郷した彼女は、非公開の世界からやってきて、そのことを話さないと決めていました。彼女が求めていたことは「そのことを話さないでも世界が成立すること」でした。
芸術家は、自分の中にしかないオリジナルの世界を、自分の言葉で話していました。彼らが求めていたことは「そのことをなんとかして世界に成立させること」でした。

久しぶりに帰郷した無口な彼女は、
自分の中にある非公開の世界について「話さないこと」が最も大事なポイントでした。
だから「いつ」「どこで」「誰に」「どのように」話すか、という選択肢はそもそも設定されていないようでした。

一方芸術家と呼ばれる彼らは、自分の中にしかないオリジナルの世界について、話すことに迷いはありませんでした。
彼らが意識していたのは「いつ」「どこで」「誰に」話すか、であり、「何を」話すかは、すでに決定しているようでした。
そして「どのように」話すかは、彼らの領分でした。

彼女はそれを「話さないこと」で成立させようとし、彼らはそれを「話すこと」で成立させようとしていました。

そのようにして、何物でもない僕は、話さない彼女と話す彼らの間に立って、それぞれの興味深い話を聞いていました。

あれから10年がたちました。
2人の子どもたちと奥さんが早く眠りについた、貴重な夜。
これからも、彼女について知らないことは増えていくのだろうと僕は思います。
大事なことは「知らないこと」の存在ではなく、「知りたいと思う相手」は自分にとって大切な人なんだ、と思っていること。
そして「いろいろなことをいっしょに乗り越えて、普通に生活している」ということだと実感するのでした。

≪終わり≫