暑中見舞い

思い返すとそれは、
不思議なアパートでした。

壁はひび割れ、
窓の隙間から、
風が、自由に移動していました。
風だけでなく猫たちも、
中庭や洗濯場や屋根の上で、
好きなように過ごしていました。
低い天井の部屋は、
自分が少しだけ大きくなったように思わせました。

春には、玄関のしだれ桜が、歩く人の目を奪い、
夏になると、近くに流れる川の上に、蛍が光りました。
僕は、何者でもありませんでした。
仕事を探すことも、
好きな喫茶店を見つけることにさえ、
時間がかかっていたのですから。

そのアパートに住み始めたとき、僕は1人でした。

そして、引っ越すときは、3人になっていました。

僕と、
奥さんと、
おなかの中の赤ちゃんと。
暑い日が続きます。
よい、夏の週末をお過ごしください。
≪すこし遅れた暑中見舞い≫