和歌を翻訳するときに辿り着く、深くて地味な感動までのプロセス(坂上是則の朝ぼらけを翻訳)

こんにちは。
島津です。

今回は
「和歌の翻訳」がテーマです。
その手順と感覚を公開します。

 

対象としたのは「坂上是則」の次の和歌。

朝ぼらけ
有明の月と みるまでに
吉野の里に 降れる白雪

これは誰に対しての記事か?

  • 英語に興味はあるけれど、楽しみ方が分からない方
  • 教育機関の勉強方法ではなく、自分の方法で翻訳をしたい方
  • 言語と言語の間にあるイメージがどのように変化するかに興味がある方

この記事を読むと、

  • 翻訳のプロセスでSVOのイメージがどのように変形していくかが分かります。
  • 1000年以上前の日本語を、現代日本語に意訳するプロセス例が分かります。
  • 翻訳は仮説の集積であることが分かります。
  • 翻訳という行為は、そもそも自由だし、自分が楽しむ方法を見つけることがもっとも大切だということが分かります。

目次

  1. なぜ和歌の翻訳なのか?
  2. なぜ翻訳なのか?
  3. どのように翻訳するのか?(翻訳フロー)
  4. 具体的な翻訳風景
  5. ①外部情報
  6. ②内部情報
  7. ③展開①
  8. ④展開②
  9. 和歌の翻訳を通して通過する世界

 

1. なぜ和歌の翻訳なのか?

 

ある日、ぼくは、いつもと少し違う道を歩いていました。

すると、遠くから、すてきな女性が声をかけてきたのです。
「もしかして、あなたは英語とフランス語の翻訳をやっていませんか?」

そして、
「和歌の翻訳に興味があったらやってみませんか?」
と誘っていただいたのです。

それは、この方。

遠藤朝恵
グラフィックデザイナー・ アートディレクター、クリエイター、 主婦、ふたりの娘の母。
広告代理店等の勤務を経て2000年に独立。
「紙、ときどき布」が活動のコンセプト。

東京都在住。
Instagram @azroom_waka
@azroom_utsutsu(バッグデザイン)

そのいきさつは、こちらの記事で紹介しています。

 

 

2. なぜ翻訳なのか?

 

それには5つの理由があります。

①外国語を話す自分が、どのように世界を理解するのか?を知りたい
②想像力と言葉のあいだに入る
③アルゼンチン語学留学の苦い経験
④なぜ言葉があるのか?頭ではなく、体で、感覚で分かりたい
⑤言語と言語のあいだにいる感覚が好き
①外国語を話す自分が、どのように世界を理解するのか?を知りたい
それは幼いころからの願望でした。世界はどのように見えるのか?

 

②想像力と言葉のあいだに入る
子どものころからずっと、「イメージすること」と「言葉を話すこと」に関心がありました。

 

③アルゼンチン語学留学の苦い経験
20代の2年半、アルゼンチンへ語学留学。
ロマンス語(スペイン語、フランス語、イタリア語、ポルトガル語)+ 英語を学びました。
でも、自分がおもったような成果は上げられず、悔しい思いをして帰国しました。その後も、自分の理解能力にあった方法を探してきました。

 

④なぜ言葉があるのか?頭ではなく、体で、感覚で分かりたい
外国語を話した後の疲労感。また別言語への移動。
体験して分かること。ぼくの興味はだいたいいつもそこにあります。
自分がやってみて、分かりたいのです。

 

⑤言語と言語のあいだにいる感覚が好き
異なる音韻体系のあいだに身を置き、重なり合うイメージと意味を照合する感覚が、どういうわけか好きなのです。
外国語を聞いて「意味が分からない」という状況になると、ぼくはテンションが上がります。

 

ぼくが好きな場所。
それは、
「実体としての言葉そのもの」
「外国語」
「イメージの間にある巨大な世界」

だから、
ずっと、自分のペースで
「外国語」と「日本語」と「言葉をうまく話せない自分」と、
ひとつひとつ付き合ってきました。

ぼく以外の、全員があきれるような遅さで。

 

 

3. どのように翻訳するのか?(翻訳フロー)

 

最初は、何回も口に出して言います。
意味が分からなくてもいいので、何度もブツブツ繰り返します。

そして、日本語が話せることを噛みしめるのです。

1000以上年前の中世のポップシンガーが作った流行歌を、
2019年の私たちは、同じ音韻で詠むことができる。

それは、奇跡のようにぼくには感じられます。
とても具体的な幸せのひとつです。

以下は、自分で作った翻訳フロー。
翻訳を続ける中で、どんどん変わっていきます。

翻訳フロー
1. 外部情報
2. 内部情報
3.展開①
4.展開②

1. 外部情報
作者名
性別
原文
作った年齢
作者像
作品番号
一般的な現代日本語訳

2. 内部情報
原文解析(SVO)
要素分解
意味上のニュートラルテキスト
映像イメージの順序を整理

3.展開①
現代日本語訳の翻訳バリエーション
英語の翻訳バリエーション
採用候補とその理由
採用された翻訳文

4.展開②
フランス語翻訳

 

 

4. 具体的な翻訳風景

 

対象となる和歌は、坂上是則の和歌です。

朝ぼらけ
有明の月と みるまでに
吉野の里に 降れる白雪

 

 

5. ①外部情報

 

作者名:坂上是則(さかのうえのこれのり。?~930)
性別:男性
原文:朝ぼらけ 有明の月と みるまでに 吉野の里に ふれる白雪
作った年齢:不明
作者像:征夷大将軍・坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)の子孫。坂上好蔭(よしかげ)の子。三十六歌仙の一人。
作品番号:31
一般的な現代日本語訳:本やネットで調査。複数の情報を比較検討。意味の外殻を把握します。

 

6. ③内部情報

 

ここからが現代日本語へ翻訳するプロセスです。

原文解析(SVO)
Subject 是則
Verb みるまで
Object 白雪
Adverb time 朝ぼらけ(夜明け)
Adverb place 吉野の里

 

要素分解
仮説①
Subject 是則
Verb みるまで
Object 白雪
Adverb time 朝ぼらけ(夜明け)
Adverb place 吉野の里

仮説②←これを採用します(主語:白雪)
Subject 白雪
Verb 降れる
Adverb time 朝ぼらけ(夜明け)
Adverb place 吉野の里
従属文のS 是則
従属文のVerb みるまで
→詩の構造:朝ぼらけ(時刻)。白雪(主語)

 

意味上のニュートラルテキスト
ここでは、意味の正確性を再現します。音律はあとで。

①場所は吉野の里、朝ぼらけの時刻。
私はそれを見て「有明の月」と判断するほどだった。
それとはつまり、降り続いている白雪。

②吉野の里の夜明けの時刻。
私は降り続いている白雪を見た。
それは私に「有明の月」と判断させるほどだった。

 

2つの仮説hypothesis(この和歌の主語について)
どちらがこの和歌の主語なのでしょう?
①私が見ている「白雪」
②白雪を見る「私」

※補足
「まで」は極端な程度を表す副助詞

 

映像イメージの順序を整理
ここは、とてもおもしろいところです。
まるで映画を見ているようで、
イメージをすればするほど、作者に接近するような感覚がやってきます。

認識主体が、気が付くと「朝ぼらけ」のなかにいる
→対象を認識する
→その対象を「白雪」と判断する
→それは「有明の月」ではないと気が付く
→「有明の月」と判断させるほどの「白雪」であることに気が付く
→最後に客観意識が働き「吉野の里に」という場所の副詞が付与
→認識の後、降り続いている白雪、その中にいる認識主体

 

映像の明度と彩度のイメージ
闇の中に白がある
①闇:朝ぼらけ:闇の中の薄明かり
②白:白雪の明かり

 

ポイント
倒置法・体言止めの「ふれる白雪」をどのように翻訳するか
→言語の倒置はイメージの倒置とイコール

 

7. 展開①

 

ここからが、現代日本語から英語への翻訳プロセスです。

 

現代日本語訳の翻訳バリエーション

①吉野の里の夜明け。
降り続いている白雪。
私がそれを見たとき「有明の月」と判断するほどの。

②夜明け。
吉野の里に降り続いている白雪。
それは、私がそれを見たとき「有明の月」と判断するほどの。

③夜明け。
それは、私が見たとき「有明の月」と判断するほど、
吉野の里に降り続いている白雪。

④吉野の里の夜明け。
私は降り続いている白雪を見た。
それは私に「有明の月」と判断させるほどだった。

⑤夜明け。
私は、吉野の里に降り続いている白雪を見た。
それは私に「有明の月」と判断させるほどだった。

夜明け。
私が見たとき「有明の月」と判断するほどの白雪。
それは、吉野の里に降り続いている。
→この現代日本語を採用

 

現代日本語訳の翻訳⑥を基準にして、英語に翻訳していきます。

 

英語の翻訳バリエーション

At around dawn,
the snow is falling in Yoshino’s village,
it seems like the light of daybreak moon remaining in the sky.
ポイント
・文節の順序:シンプル
・t seems like:主語を取らない→詠み人(是則)の ”I” を登場させない
・the snowが序盤に登場

 


At around dawn,
just as though the light of daybreak moon remaining in the sky,
the snow is falling in the Yoshino’s village.
ポイント
・文節の順序:倒置法→snowを後半に登場させる狙い
・主語:the snow

 


At around dawn,
just as though the light of daybreak moon remaining in the sky,
Yoshino’s village shines with the falling snow.
ポイント
・文節の順序:倒置法→snowを後半に登場させる狙い
・主語:Yoshino’s village→snowを詩の最後に登場させる狙い

 


At around dawn.
Yoshino’s village shines with the falling snow so that
I thought it the light of daybreak moon remaining in the sky.
ポイント
・文節の順序:説明的。snowが中盤に登場
・主語:Yoshino’s village(”I” も登場)

 

採用候補とその理由
選択:③
理由:
①原文と同じ倒置法で、snowを詩の最後の単語として登場させている
②主語を「snow」でも「I」でもなく「Yoshino’s village」にすることで、原文の構造に近づけている
※原文の構造:「朝ぼらけ」と「白雪」のあいだにいる認識主体
→「At around dawn」と「the falling snow」のあいだ「Yoshino’s village」にいる認識主体(”I”=是則)

 

遠藤さんより採用された翻訳文
選択:①
理由:
・語感
・是則が登場しない中立的な感じ
・淡々とした印象

 

8. 展開②

 

ここからが、フランス語への翻訳です。

英語
At around dawn,
the snow is falling in Yoshino’s village,
it seems like the light of daybreak moon remaining in the sky.

 

フランス語
À l’aube,
la neige tombe dans le village de Yoshino,
il semble que la lumière de l’aube lune reste dans le ciel.

 

このようにして、翻訳作業は着地を迎えます。

 

 

9. 和歌の翻訳を通して通過する世界

 

翻訳作業をもう一度まとめると、以下のプロセスです。

1. 外部情報
作者名
性別
原文
作った年齢
作者像
作品番号
一般的な現代日本語訳

2. 内部情報
原文解析(SVO)
要素分解
意味上のニュートラルテキスト
映像イメージの順序を整理

3.展開①
現代日本語訳の翻訳バリエーション
英語の翻訳バリエーション
採用候補とその理由
採用された翻訳文

4.展開②
フランス語翻訳

 

翻訳プロセスを通過しながら、
以下のような深くて地味な感動の中に滞在しています。

  1. 「語順・イメージ・展開・収束」というストーリー
  2. 「あいうえお」という音と組み合わせの美しさ
  3. 最小限の表現形式への驚き
  4. それを詠んだ人物への共振
  5. 時間を超えて持続してきた言語の記憶

 

 

今回、翻訳した言葉

 

平安時代の坂上是則による和歌
朝ぼらけ 有明の月と みるまでに 吉野の里に 降れる白雪

2019年の島津共範による現代日本語翻訳
夜明け。
私が見たとき「有明の月」と判断するほどの白雪。
それは、吉野の里に降り続いている。

英語翻訳
At around dawn,
the snow is falling in Yoshino’s village,
it seems like the light of daybreak moon remaining in the sky.

フランス語翻訳
À l’aube,
la neige tombe dans le village de Yoshino,
il semble que la lumière de l’aube lune reste dans le ciel.