言葉と視覚と記憶の関係(記憶への3つの問い)

これは2007年のアルゼンチンから帰国した直後に書いた文章を、その12年後、大幅にリライトしたもの。つまり、思考の接ぎ木です。

ぼくは長い間、目を閉じてもビジュアルがない状態で生きてきました。

だから言葉と視覚と記憶の関係については、考えることがよくあります。
 

    目次

  1. 私達の記憶に対してダイレクトに形を与えるものとはなにか?
  2. 記憶の形とは?
  3. 対応という認識方法以外の方法は?
  4. 言語記述が機能する理由
  5. 活動の世界の価値記憶

 

1.私達の記憶に対してダイレクトに形を与えるものとはなにか?

問1:私達の記憶に対して、ダイレクトに形を与えるものとはなにか?

仮説①
私達がいる部屋、家、街の形。

つまり視覚による空間認識。

私達の記憶は、これまで見たものの形=「建造物」の中で呼吸しています。

記憶は「視覚(空間把握)」によって形を与えられているという仮説です。

それは、五感のうち視覚のみが空間とほぼイコールの関係である、という特殊性に由来します。

他の感覚「聴覚・嗅覚・味覚・触覚」は時間把握(時間の進行とともに消失する。時間が前提の性質)に属することにも由来します。
※聴覚・嗅覚は空間把握も含む

 

2.記憶の形とは?

問2:記憶の形とは?

仮説①
外界を感知・認知したものがそのまま記憶を作る。
つまり、私達の記憶は「外界の対応物である」という仮説です。

 

3.対応という認識方法以外の方法は?

問3:対応という認識方法以外の、私達の方法とは?

つまり

re-action(再度、動く)
re-sponse-ability(再度、約束する、能力)

という、ものごとへの反応という形式(視覚・鏡・対応)以外の方法はどこにあるのでしょうか?

 

仮説①
労働でも仕事でもなく、活動に属すこと。
活動とは、物質の介入なしに直接人と人との間で行われる唯一の行為のこと。

 

労働(生命の反復に対応)に属さず、

仕事(人間の耐久性に対応)に属さず、

活動(物質の介入なしに直接人と人との間で行われる唯一の行為)に属すること。

関連記事:ハンナ・アーレント「人間の条件」をまとめる

 

4.言語記述が機能する理由

言語記述が機能する理由。それは

①音が共通の意味を持ち
②その音が文字として物質化
③物質化した音は「視覚情報としての文字」になる
④文字は「物事の世界」に対して交換価値を持つ
⑤言語がビジュアライズ(視覚化)する

という流れ。

私達は視覚以外の四感(聴覚・嗅覚・味覚・触覚)を視覚化して理解します。

 

例えば。

今、私はエアカナダ0001便の37H席に座っているとします。
左側は通路、右側は空席。
窓側の席には、日系カナダ人女性がいて、本を読んでいます。

一週間後、私が今の状況を思い出そうとすると、まず、この場所が思い浮かぶはずです。
あるいは、この場所によって条件つけられ、規定され、根をはられた何かが思い出されるはずです。

視覚的認識は「記憶の前提条件」の大きな要素のひとつです。

①視覚的認識を定着させる部分が、記憶を成立させる
②記憶は、視覚的認識を定着させる部分に蓄積される

そしてその情景を私は、頭の中でひとりごとと併走しながらビジュアライズします。

ビジュアルと言語はいつも交じり合っているのです。

そして最終的に、ビジュアルは言語によって物質化されます。

 

 

5.活動の世界の価値記憶

活動の世界は

 

不可予言性に対する約束(promise)

不可逆性に対する赦し(forgiveness)

 

によって成立します。

 

そして最終的に、

無制限性(他者への言葉はその影響範囲が限定できない)の前提である「言葉」によって、人間は人間の活動世界にかたちを与えます。

 

①視覚を通して受動的に受け入れたビジュアル。それがイメージになる。
②歴史的共有財産であり、かつそれぞれの人間の中で育つ、全ての中点にある言葉。

 

そこに自由と責任が生まれる。

 

仕事と労働はあくまでもその外周に位置しているということを、ぼくはこれからもっと知ることになります。

活動がない世界では、記憶は意味を持つことはありえます。

でも、交換不可能な独自の価値を持つことはありません。

意味記憶だけなら、人間でなくてもいいのです。

 

価値記憶

 

それが、歴史的存在である私達がずっと求めてきたものという仮説です。