女性翻訳家の問い

彼女は胸の中に何かを、しっかりと閉じ込める

それは、
ぼくが最近の会議で、

「今、Google 翻訳ってすごいじゃないですか」

と言ったときでした。

英語翻訳家の女性が、
悲しい顔をしたのです。

いままで見せたことのない表情。
沈黙の5秒。

彼女は、何か大変なものを飲み込むように、
胸の中に何かを、しっかりと閉じ込めました。

そして、彼女は

「私は、Google翻訳に思うことがあって」

と言い、

「Google翻訳は確かにすごいけれど……」

と、さらに言葉を詰まらせました。

彼女は、
Google翻訳のことを、
決して悪く言いませんでした。

 

経験ある翻訳家からの問いかけ

 

ぼくは彼女と、週に1回のペースで会います。

そして、30分から1時間くらい、
英語関連の仕事をするのです。

正確に言うと、
ぼくは彼女から、その仕事を通して、
英語の翻訳プロセスを教えてもらっています。

彼女は、
法律関係の書類から、
機械のマニュアル、
製品デザイン、
会議の同時通訳まで、
あらゆる分野に精通した、経験ある翻訳家です。

その人は、いつも素敵なんです。

明るくて、
自分を偉そうに言うことは、全くない。
自分を低くして、みんなを高める。
どこかの海外に、長く住んでいたことがあるような、
カラッとした感覚の人。

彼女がいるだけで、
そこが華やかに、カジュアルになるような雰囲気。

「でも、 Google 翻訳ってどう思います?」

彼女は思いつめた表情で、問いかけます。

ぼくは、答えます。
「ぼくの場合、Google翻訳に、何も期待してないんです」
「完全に割り切って考えています」

すると、彼女は

「そうでしょう!」

と、大きくうなずきました。

ぼくは続けます。
「Google翻訳は、機械的な作業をする優れた道具として使います」
「でも、もう一つは、自分の頭で、ああでもないこうでもない、と考えます。そうしないと、結局、自分で話せるようにならないから」

それを聞いた彼女は、少し落ち着いたように見えました。

 

2006年の外国語学習者の諦め

 

2006年。
Google翻訳が誕生。
ぼくは、複雑な気持ちでした。

なぜなら、
ぼくはひとりで膨大な時間を費やして、
複数の外国語を学んでいたからです。

ぼくがやっていることって、もしかして意味がなくなるのかな?

そして、諦めました。

情報を集約する量と、分類する速さで、
Google翻訳に勝てない。

これからは、人間が翻訳を行うということの意味が、変わっていく。

機械的で、
テクニカルで、
取り替え可能な水準の言葉は、
どんどんGoogle翻訳に吸い取られていくだろう。

そして、
ひとりの人間が、言語を覚えて、翻訳をする意味は
どんどん小さくなっていく。

そんな感覚を持ちながら、
ぼくは、コツコツと外国語を学んできました。

 

英語翻訳家が進んできた道

 

そして、彼女の思いつめた表情。

その表情を見たとき、
彼女が、一人で進んできた道を
感じることができました。

それは、暗いように見えました。
いつもの明るい彼女から想像できないくらい。

結局、
その会議では、話はすぐに本筋に戻り、
(Google翻訳について話す会議ではありませんでした)
彼女は、いつもの明るい自分に戻っていったのです。

彼女の、
あの表情を思い出すと、
ぼくは今でも、胸がしめつけられます。

でも、その気持ちがいったいどんな形なのか、
ぼくはまだ、言葉にすることができません。

今日も彼女は、
英語教室にいて、様々な英語レベルの日本人に、
英語を教えているはず。

カジュアルな笑顔と一緒に。