現代日本語の7つの条件
日本語の語彙と文体の混沌は、以下の7つの条件として言い表せる。
その混沌は、西欧文化が本格的に流入してきた江戸時代後期から、慢性的な状態として日本に継続している。複数の文字が各々のルールを保持した状態で同時期に存在し、かつ語彙が増え続ける、というあり方を通して。
- 政治言語の音語と、私的言語の訓語が、漢字を媒介として同時存在している
- 漢語と和語が無意識に定住する意識(無意識的二重性)
- 漢字の高い表意性に依存しているため、和語動詞が少ない
- 平仮名が「助詞、形容詞、副詞」を過剰にし、多くの語彙を吸い上げている
- 西欧語の翻訳手法:[文字-音語][意味-訓語]
- 活版印刷が平仮名を解放し、等価性の錯覚を産んでいる
- 西欧の経済言語/新技術言語と通信化社会により、詩と言葉が無力化している
政治言語の音語と、私的言語の訓語が、漢字を媒介として同時存在している
音語は男、訓語は女
・大陸経由の漢字:男に喩えられる
・東アジア漢字文化圏の周辺国における国字:女に喩えられる(平仮名、ハングル語、越南語)
音語(漢語)が担った3つの表現
音語の定義:漢語で構成される漢詩、漢文、漢詩漢文訓読体
- 政治:法律文
- 思想的、抽象表現:科学論文
- 宗教
→スケール大きい、学術的で抽象度高い表現
→遠く、大きく、冷たく、抽象的、大きな舞台
訓語(和語)が担った3つの表現
訓語の定義:平仮名で構成される和歌、和文、和歌和文平仮名詩
自然の四季と人間の性愛の語彙/文体、絵画的表現に厚みを持たせた
- 自然の性愛表現(四季)
- 人間の性愛表現
- 絵画的具象的表現
→近く、小さく、温かく、具象的、小さな舞台
→葦手(あしで):絵画と言葉の融合(平安時代)
漢語と和語が無意識に定住する意識(無意識的二重性)
- 「漢字導入(外部要因)による和語の相対化反応」として、和語が成立した
- 日本語は、和語の中に「漢字と音語」が内在化された言語構造
- たとえ、漢語(音語)として発音されなくても、和語の言語構造に「漢字」「音語」が内在化されている
- 結果「無意識的二重性」が生まれる。漢と和が日常的に無意識に定住している
- 愛憎意識の可能性を生む
もっと言うと
- 漢字の導入により「文字中心言語(書字中心言語)」となった
- 「漢字という政治言語」への反射行為としての言語形態を取り始めた
- 無神論的倫理のもと、実益として「宗教という名の慣習」が随時採用される社会を生んだ
漢字の高い表意性に依存しているため、和語動詞が少ない
漢字導入の書行きの段階で、動詞が「重い漢字」によって固定化され、和語動詞の成長が阻害された
- 原因:動詞を視覚的に文字(漢字)によって使い分けるため
- 例:猫がなく→鳴く、哭く、啼く
- 漢字に頼らない和語動詞が粗末になった(和語動詞の語彙数が少ない)
- 動詞が漢字によって固定化されなければ、和語は話す間に展開変化したはず
- 日本語における和語動詞の弱さが「助詞、形容詞、副詞」の過剰状態を生んだ
- 漢字が入ってくる
- 動詞が文字(漢字)により固定化
- 和語動詞の発展が停止する
- 漢字(音語)以外での表現意志は「助詞、形容詞、副詞」の添付という構造になるしかなかった
→例:ペタンと貼る、ピンと貼る
平仮名が「助詞、形容詞、副詞」を過剰にし、多くの語彙を吸い上げている
助詞表現の多様性は平仮名が原因
- 平仮名は、どんな言葉でも言葉として登録してしまう
- 「助詞、形容詞、副詞」の過剰をもたらした
- 平仮名は、下記の話ことばを吸い上げ、生存させ、使用を強いる働きをし始めた
- 男言葉
- 女言葉
- 上流語
- 下流語
- 俗語
- 差別語
- 敬語
西欧語の翻訳手法:[文字-音語][意味-訓語]
近代化の達成を目的として、西欧語が日本語に訳されたとき、西欧翻訳語の中では「文字は音語」「意味は訓語」で表現された。
西欧語の翻訳手法:[文字-音語][意味-訓語]
- 構造のフラット化:漢字の音訓融合状態を、音と訓を原型に戻し、分離しやすくした
- 意味の再設定:意味は訓語で翻訳した
- 発音の再設定:発音は音語で発音させた
活版印刷が平仮名を解放し、等価性の錯覚を産んでいる
そして、活版印刷は平仮名を一文字単位に分解し、「語の連続性」から解放した。
- 活版印刷により、平仮名がそれぞれ一文字単位に分解された
- 「語」の連続性から解放された
- 江戸時代:木版印刷で平仮名は「連続・分かち書き体の語」の形式を崩さなかった
- 「漢字と平仮名の等価性」という錯覚が生まれる
- 漢字:一字で表語性を持つ
- 平仮名:複数の文字間で連合しなければ表語性を持てない
- 「2つは機能的にも等価である」という正確ではない認識が生まれる
- ローマ字書き論、仮名書き論、一音一字限定制の誕生
西欧の経済言語/新技術言語と通信化社会により、詩と言葉が無力化している
1945–1970年:資本主義経済・3つの日本語政策の実施・西欧語の翻訳文体の誕生
背景
- 資本主義経済の高度化
- アメリカ軍事技術の転用としての情報社会化
敗戦後:3つの日本語政策の実施
- 当用漢字による漢字の使用制限
- 歴史的仮名遣いの廃止
- 公用文の横書き化
結果
- 漢語の語彙の縮小
- 和語の語彙の縮小
- 西欧語の翻訳文体の誕生
- 日本語における「話し言葉の語彙と文体」の向上には結びつかなかった
1970-2000年:西欧の経済/新技術言語・通信化社会・詩と言葉の無力化
現代:経済成長の終わりへ
- 経済と技術に関する英語が日本語に輸入される
- 通信化社会の加速
結果
- 言語の泡沫化
- 軽便な片仮名語の氾濫
- 生活語の弱体化
- 詩と言葉の無力化
参考書籍
タイトル:日本語とはどういう言語か
2006年1月10日初版発行
発行所:中央公論新社
著者:石川九楊