これは、東京に住むデザイナーの遠藤朝恵さんと、ぼくが出会ったときの話です。
この出会いがきっかけとなって、ぼくは百人一首を英語に翻訳することになります。
実際にお会いすると、気さくな遠藤さん。
でも2人の最初の出会いは、遠藤さんの内省的でグラフィカルな文章でした。
京都で個展を開く資金があれば、娘たちが欲しがっている本も、全部買ってあげられるけれど
京都は中京区、同時代ギャラリー。
京都の作家であれば知らない人はいない、歴史ある建物。
遠藤さんは単身、東京のご自宅から京都にやってきて、個展を開催されました。
※「WAKA 〜和歌から生まれたアートワーク〜」 2018年11月28(火)から12月2日(日)まで
そのいきさつを、うかがいました。
「なんども迷ったんですよ。子どもも2人いて、京都で個展を開く資金があれば、娘たちがほしい本も全部買ってあげられるし。全体で考えたら、とても黒字になるとは思えないし」
気さくで、明るく、コミュニケーションを自然に楽しむ遠藤さんは、少し困りながら言いました。
「娘が欲しい本の全集をそれこそ端から端まで」
壁いっぱいに両手を広げます。
遠藤朝恵
グラフィックデザイナー・ アートディレクター、クリエイター、 主婦、ふたりの娘の母。
広告代理店等の勤務を経て2000年に独立。
「紙、ときどき布」が活動のコンセプト。藤沢周平と谷川俊太郎
女の人が喜ぶ顔
綺麗なものを作ること、色あそび
余韻のあるものと人
コーヒーとクッキーが好き。
東京都在住。Instagram @azroom_waka
https://www.instagram.com/azroom_waka/@azroom_utsutsu(バッグデザイン)
https://www.instagram.com/azroom_utsutsu/
「子どものころから、紙と布が好きなんです」
「もともと私は、印刷のグラフィックデザイナーでした」
入り口から流れる風が、細長い紙を揺らします。
それは和歌の文字がつながったカーテン。
和歌が空間に揺れる
「でも、やって、ほんとうによかった」
遠藤さんの表情は、穏やかに輝いています。
京都で個展を催します。
やめよう、やろう、やめよう、やろう…… 遠方で、色々思い悩むことも沢山あって すっかりこんな時期になってしまいました。なんのツテもコネも勝算もなく家を空けて 我ながら無謀過ぎやしないか。
これを超えたらなにかあるのか、ないのか 全く分からないのですが “己の無意識に呼ばれたなら従うしかない”6年前、こんなことをしたいなって 思いついたイメージが実現しかけています。
応援して下さる方、 私のクリエイティブに理解と協力を 示して下さる方がいらっしゃるからには あと45日を全力で。『今できる全て』で空間を作ってきます。
1000年前に作られた和歌からアートを生むまで
遠藤さんが作られた作品のコンセプトは「言葉を、アートに」
今回の展示会は、百人一首などの和歌がモチーフ。
そこからイメージされる絵柄をデザインに立ち上げ、紙の上にレーザーカッターで形作ります。
ふたつの色の繊細な組み合わせ。
洗練されたデザイン。
「色の組み合わせを考えているときが、一番楽しいんです」
言葉のない作品は、すべて1000年以上前に作られた和歌から生まれたもの。
そこに、遠藤さんが歩んできた時間が重なっていきます。
「私は5才のころ、父親に和歌を教わっていました」
「でも、そのときから再び万葉集にふれる大学時代まで、和歌とは全く離れて過ごしてきました」
「ずっとコンプレックスだったことが、ギフトに変わりました。そのおかげでこの作品ができました」
遠藤さんは、そう言います。
ギャラリーの作業用の机には、お父様の写真が、そっと置かれていました。
3年ほど前、お父様が他界。
そのとき、遠藤さんが、ご家族の写真のほかに手元に残したもの。
それは、
お父様が描いた絵と、俳句を書き溜めた数冊のノート、インクの出なくなった万年筆。
分け隔てなく会話を楽しむ遠藤さんだけが所有しているヒストリーでした。
さよなら、あなたを忘れない。
※天浪院書店のライティングゼミ内記事より引用
展示会の挨拶文にも登場するように、
遠藤さんはお父様に、この様子を見せたかったのだと、ぼくは思います。
<挨拶文>
ご来場ありがとうございます。
1000年以上前に詠まれた和歌をもとに
デザインを起こす。
自分にとっては、ちょっとしたチャレンジです。誰にも理解されないかもしれないけど
それで良い、と思いました。
私以外の誰も分からないかもしれないけど、それで良い。長い間、「誰かのために」デザインをしてきました。
一度くらい、ずっとほったらかしにしていた
自分との約束を果たそうと思いました。これは私自身が“自分へ還る”ためのプロセスです。
それは同時に、遠い昔の自分への贈り物であり、
亡き父と母への賛辞であり、
私のアイデンティテイの表現でもあります。2018年11月27日
遠藤朝恵
「和歌をテーマに何かを表現したい」 初めてそう思ったのは学生時代。
当時私は日本文学科の学生で、 ある課題のためにたまたま手に取った万葉集に とても心を動かされました。2018/10/23 遠藤朝恵
「あ、これ、今の私と同じだ」 万葉集の歌に初めて触れたとき、そんな風に思いました。
歌に籠められた古の人々の生々しい感情のうねりは、 本当に欲しいものはなんだか分からないままに 買いたくもないものでカゴをいっぱいにするような、 目的意識のない学生時代を送っていた 当時の私の心の芯を揺さぶりました。
千年も経って見ず知らずの人間の心を動かすって、 すごい。
私もこんな風に誰かの感性に触れるものを作りたい。
その時の想いは、ずっと残っていました。でも。 あの時の私は何かを形にすることなんてできなかったし デザインが少しできるようになってからも、 “私には何かを表現したり、作ることなんてできない” と ずっと思っていました。
ほんの数年前まで。
2018/10/28 遠藤朝恵
ひょっとして翻訳に興味はありませんか?
遠藤さんは、2018年6月から9月までライティングのゼミに通い、2000字の「第三者を感動させる文章」を毎週制作していました。
遠藤さんの文章は、ゼミ内のランキングで上位にランクイン。
会いたいけど会えない。そんな気持と同じだった
持ち点ゼロ。
さよなら、あなたを忘れない。
※天浪院書店のライティングゼミ内記事より引用
そのゼミに、たまたまぼくも参加していたのです。
遠藤さんは東京で。
ぼくは京都で。
そして遠藤さんが、ぼくの文章(新幹線の絵とアリエルの絵)をお読みになり、連絡をくれました。
島津さん、翻訳もなさるんですね。日→英でしょうか。
突然に付かぬことを伺いますが…百人一首などの和歌の翻訳は、出来ますか?
お会いしたことのない方からの突然のオファー。
そこでの一つひとつのやり取りのなかで
時間を忘れて遊んだ子どものころの感覚
遠藤さんも持っていることを感じました。
「ぜひ、翻訳させてください。」
気がつくと、ぼくはそう答えていました。
ぼくは、生まれてはじめて、和歌を英語とフランス語に翻訳しました。
気を付けたことは3つ。
- 遠藤さんの和歌に対するイメージを確かめること
- 自分で和歌を理解すること
- 自分の言葉で現代日本語に翻訳すること
そこから約1カ月半。
遠藤さんとぼくは、直接お会いしたことがないまま、翻訳(島津)⇔確認/修正(遠藤さん)の共同作業がはじまります。
そうして、和歌の翻訳が完成。
在原業平朝臣
ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 から紅に水くくるとは英語訳
“Even in the ancient days when the gods held sway, I have never heard that the autumn leaves dyed the stream of Tatsuta river in this way.”フランス語訳
“Même à l’époque antique où les dieux dominaient, je n’ai jamais entendu parler que les feuilles d’automne teignaient ainsi le ruisseau de la rivière Tatsuta.”
光孝天皇
君がため 春の野に出でて若菜摘む我が衣手に 雪は降りつつ英語訳
“It’s for your sake. I go to the field of spring. I pick up green herbs. And the kimono sleeve is covered slightly with snow.”フランス語訳
“C’est pour toi. Je vais au champ du printemps. Je ramasse des herbes vertes. Et la manche du kimono est légèrement recouverte de neige.”
和泉式部
あらざらむ この世の外の 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな英語訳
“I will take my last breath soon. I just want to be loved by him at the end, as a memory to live the outside of this world.”フランス語訳
“Je prendrai mon dernier souffle bientôt. Je veux juste être aimé par lui à la fin, comme un souvenir pour vivre l’extérieur de ce monde.”
式子内親王
玉の緒よ 絶えねば絶えね 長らへば 忍ぶることの 弱りもぞする英語訳
“Hello, my life. If you can not live anymore, you don’t have to do so. Even if I survive, it will become more and more difficult for me to hide this love.”フランス語訳
“Bonjour ma vie. Si vous ne pouvez pas vivre plus longtemps, vous n’avez pas à le faire. Même si je survivais, il me serait de plus en plus difficile de cacher cet amour.”
常康親王
吹きまよふ 野風をさむみ 秋萩の うつりもゆくか 人の心の英語訳
“It’s because of the coldness of the blowing wind in the field. The color of bush clover has faded. Just as he had a change of heart.”フランス語訳
“C’est à cause de la froideur du vent, qui souffle dans le champ. La couleur du Lespedeza s’est estompée. Juste comme il a eu un changement de coeur.”
紀友則
久方の 光のどけき 春の日に しづごころなく 花の散るらむ英語訳
“The light of the sun is overflowing gently on a spring day. Cherry blossoms are restless and scattering. I wonder why they are so beautiful?”フランス語訳
“La lumière du soleil est déborde doucement dans une journée de printemps. Les fleurs de cerisier sont agitées et dispersées. Je me demande pourquoi ils sont si beaux?”
小野小町
花の色は映りにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせしまに英語訳
“While I have indulged in thought, I lost my youth. It passed before I knew. It’s just like the color of the cherry blossoms has faded.”フランス語訳
“Alors que je me suis laissé aller à la pensée, j’ai perdu ma jeunesse. C’est passé avant que je le sache. C’est comme si la couleur des fleurs de cerisier s’était estompée.”
凡河内躬恒
心当てに 折らばや折らむ 初霜の おきまどわせる 白菊の花英語訳
“Shall I pluck it at random? Because the first frost got off, and it’s hard to distinguish the frost and the white chrysanthemum.”フランス語訳
“Dois-je le cueillir au hasard? Parce que le premier givre est descendu et qu’il est difficile de distinguer le givre et le chrysanthème blanc.”
遠藤さんは、ぼくの翻訳文をこう紹介してくれました。
私のオファーをすみずみまで汲み取って
一語一語、丁寧に現代語に落とし込み
真摯に取り組んで下さいました。知らない街でアカペラで
ストリートライブに挑もうと思ってたところに
思いがけなく綺麗なピアノの旋律がついたそんな気持でいます。
2018/10/12 遠藤朝恵
言葉がアートになる場所
SNSを通して遠藤さんの世界をのぞき、その世界に参加してみてください。
そこはいつも、言葉がアートになる準備をしていて、あなたがそこに加わるスペースを残しています。
ぼくが遠藤さんからいただいたもの。
それは、なつかしい未来に向かって、手をつなぎながら進もうとする人の温かさ。
言葉がアートになる場所で、今日も遠藤さんは過去と未来をつなぎ、人と人をつなぎます。
遠藤朝恵
Instagram @azroom_waka
https://www.instagram.com/azroom_waka/@azroom_utsutsu(バッグデザイン)
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